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福岡高等裁判所 平成11年(ネ)173号 判決 1999年9月22日

控訴人(原告) 九州カード株式会社

右代表者代表取締役 A

控訴人補助参加人 株式会社福岡シティ銀行

右代表者代表取締役 B

右両名訴訟代理人弁護士 合山純篤

被控訴人(被告) Y

右訴訟代理人弁護士 高橋博美

同 中村佐和子

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金二一〇万三六五九円及びこれに対する平成九年一月二三日から支払済みまで年三〇パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、補助参加によって生じたものを含めて、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

主文第一項及び第二項と同旨

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり補正するほかは、原判決の「第二 事案の概要」欄(二頁末行から一九頁八行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決四頁一一行目末尾に『なお、右暗証番号は暗証届なる定型用紙でされたが、右用紙には注意事項として「生年月日・電話番号などをそのまま暗証に使用されるのはキケンですから避けてください。」との記載がある。』を加え、八頁四、五行目の「が、右規定中には、それ以上に具体的な定めはない」を削除する。

二  原判決九頁八行目の「<丙六>を「なお、本件カードローン契約締結当時のカードローン取引規定一条1は、本件『カードローン契約における当座勘定取引とは、現金自動預金・引出機の利用による当座勘定の入金及び二条による自動融資のみ』とする旨定め、同項2は、本件カードローン『契約における当座貸越借入は前項の取引により発生する』旨定め、同二条で、右の自動融資とは、本件カードローン契約により『届け出た指定預金口座が口座振替出金等のため、資金不足となったとき、その不足相当額をこの当座勘定から自動的に出金』することをいう旨定めていた。<甲二、丙六>」と改める。

三  原判決九頁九行目の「同日」を「本件カードローン契約締結当日」と、同一一行目の「一三七万円」を「一四一万円」と、それぞれ改め、同行末尾に「一九三万九〇八四円の」を、同一二行目の「八月八日」の次に「の直前の八月五日取引終了」を、それぞれ加え、一〇頁三行目の「同日」を「同年八月八日」と、一一頁末行の「前記7」を「前記8」と、それぞれ改める。

四  原判決一二頁一〇行目の「原告に交付した」を「被控訴人に貸与した」と改め、一四頁末行の末尾に次の記載を加える。

「すなわち、補助参加人銀行は、本件カードローン契約に基づき、借越極度額までは(その変更の通知をしない限り)、即時出金の義務があり、このことは、実質上、カードローン契約の締結と同時に借越極度額までの普通預金が存在しているのと同じ状態になっていると考えることができるのである。したがって、補助参加人銀行は被控訴人に対し、本件出金について民法四七八条の類推適用を主張できるというべきである。」

五  原判決一五頁七行目と八行目の間に次の記載を加える。

「(4) 本件A・B約款ないし民法四七八条の類推適用により被控訴人が本件当座貸越について責任を免れないとされるための要件として、被控訴人の本件カード保管上の注意義務違反ないし帰責事由の存在は要しないと解すべきである。

その理由は、①当座貸越極度額は二〇〇万円との額に固定されていること、②被控訴人は二〇〇万円という上限があることを納得して本件カードローン契約を締結したものであり、契約締結の諾否の自由を有していたこと、③被控訴人は、過去において本件カードローン契約の利便を享受しており、右契約締結により極度額までは普通預金が存在しているのと同じ状態になるとの実態も知己悉していること、④本件カード保管上の注意義務違反ないし帰責事由の存在を要するとすると、補助参加人銀行側ではカード契約者の注意義務違反等がないとの主張事実に対する反証が事実上不可能であること、以上を考慮すると、本件カード保管上の注意義務違反ないし帰責事由の存在を要件とする理由も必要もないからである。」

六  原判決一六頁一行目と二行目の間に次の記載を加える。

「(四) 仮に、本件A・B約款ないし民法四七八条の類推適用により被控訴人が本件当座貸越について責任を免れないとされるための要件として、被控訴人の本件カード保管上の注義務違反ないし帰責事由の存在を要するとしても、被控訴人には次のとおりの帰責事由がある。

本件カードは、もともと本件カードローン契約者である被控訴人に貸与されているものであり、被控訴人は契約者の責任においてこれを管理するものであるところ、被控訴人としては、本件カードを盗まれないようにするとか、盗まれたとしても、暗証番号に利用している生年月日が容易に分からないようにする等の措置を講じるべきであった。

しかるに、被控訴人は、車上狙いのよく出現するパチンコ店の駐車場において、通常貴重品類を入れるのに用いられるセカンドバッグの中に本件カードを入れ、これを外部から認識できる状態で車内に置いた上、本件カードの暗証番号も、最も予測をつけやすい生年月日の数字をそのまま用いているのに(暗証届には、生年月日をそのまま暗証に使用するのは危険であるので避けるよう注記している。)、生年月日の記載のある運転免許証も本件自動車内で容易に発見できる場所に置いた状態で、本件自動車を置いてその場を立ち去ったのであるから、前記注意義務違反ないし帰責事由があることが明らかである。」

七  原判決一九頁四ないし八行目を次のとおり改める。

「(三) 仮に、本件A・B約款ないし民法四七八条の類推適用により被控訴人が本件当座貸越について責任を免れないとされる余地があるとしても、

(1)  次のような点を考慮すると、補助参加人銀行には、善意無過失という同条の適用要件を欠いており、結局被控訴人は責任を負わないと解すべきである。

ア 補助参加人銀行は、当座貸越極度額を顧客の意思とは関わりなく変更することが可能であって、このような場合には、被害が膨大にならないとはいえない。

イ 顧客には、約款の内容について圧倒的強者である補助参加人銀行と交渉する余地は残されていない。また、生年月日を暗証番号とすることの危険性は、補助参加人銀行から十分な説明がされていないし、補助参加人銀行はこれを認めていたのである。

ウ 補助参加人銀行は、損害保険に加入していれば、本件のような盗難カードによる被害を防ぐことができた。

エ 補助参加人銀行には、不正使用の生じないような安全な現金自動支払機のシステムを構築することができるし、構築すべきであった。

(2)  同条項の適用にあたっては、カード契約者に帰責事由が存在することが必要であると解すべきところ、次のような点を考慮すると、被控訴人には帰責事由がなく、被控訴人は責任を負わないと解すべきである。

ア 被控訴人は、立体駐車場内の本件自動車を施錠していたにもかかわらず、本件盗難被害にあった。

イ 運転免許証は自己の通常使用する車両内に常置していることが通例であるし、本件カードの入ったバッグを本件自動車内に置いていたとしても、自然なことである。

ウ 被控訴人は、窃盗犯に暗証番号を教えたのでも、それと分かるメモを本件カードとともに置いていたのでもない。

エ 被控訴人は、自己届、盗難届を直ちに行っている。

(四) 以上の事情に加え、被控訴人は誠実な債務者であり、これまでに延滞事故など起こしていないこと、補助参加人銀行は損害保険加入により被害を防止できたこと等を考慮すると、控訴人の本件請求は権利濫用である。

(五) 仮に、被控訴人が本件A・B約款上の責任を負うとしても、その限度は、補助参加人銀行のカードを盗用した第三者に対する損害賠償請求権の範囲内で効力が認められると解すべきである。

(六) 補助参加人銀行には暗証番号に関する管理義務及び安全なカードシステムを構築する義務があったこと並びに損害保険に加入して被害を防止することができたことを考慮して、本件請求について相当額の過失相殺がされるべきである。」

第三当裁判所の判断

一  「本件の経緯」については、原判決一九頁一〇行目の「二の1、2、」の次に「丙一七、」を、二〇頁七行目末尾に「右両バッグは、車外から車内を覗けば容易に見える状況であった。」を、それぞれ加えるほかは、原判決の第三・一(一九頁一〇行目から二一頁九行目まで)説示のとおりであるから、これを引用する。

二  「補助参加人銀行のカードローンに係るカードの不正使用に対する対策の概要」については、原判決二一頁一〇行目の「及び前記」の次に「第三・」を、二二頁二行目の「前記」の次に「第三・」を、それぞれ加えるほかは、原判決の第三の二(二一頁一〇行目から二三頁一二行目まで)に説示のとおりであるから、これを引用する。

三  争点に対する判断

1  当裁判所も、本件B約款の趣旨並びにその適用に際してカード契約者に帰責事由がなければ右約款の適用ができないとの原判決の判断に左祖するものであるが、その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決二五頁八行目の「本件B約款は、」から三三頁一二行目までの説示のとおりであるから、これを引用する。

(一) 原判決二五頁末行の「趣旨であるが、」の次に「他方、同約款の解釈にあたっては、」を加え、同二六頁二、三行目の「できないものと解する」を「できないものとの限定的解釈をする」と改める。

(二) 原判決二七頁末行の末尾に「即ち、本件カードローン契約は、簡易迅速な金融の方法を許容し、顧客や補助参加人銀行に相応の利益を与える反面、必然的に、カードの盗用等の不正な利用による損害や、通常の審査手続を経た貸付けを上回る貸倒れの危険を生じさせるものであるから、取引上の紛争の防止のため、これらの危険から生じる損失の負担について補助参加人銀行と顧客の間で約定する必要性がある。そして、右の危険のうち、カードの盗用等によって生じる危険の発生は、補助参加人銀行においてこれを防止する手段が乏しいのに対し、顧客の側がカードや暗証番号の管理を適正に行うことにより比較的容易に防止し得るものであることからすれば、右危険により生じた損害を顧客に負担させることにも十分な合理性があるといえる。」を加える。

(三) 原判決二八頁二行目の「結論は、」の次に「過失責任主義の建前や」を加え、同三行目の「前記二3のとおり」から同一二行目の「しない」までを「契約自由の原則に過度に依拠して、いかなる場合においてもカード契約者が不正使用の危険を負担しなければならないと解するのは、銀行と契約者との間に存する諸々の格差を考慮すれば、妥当とは言い難い。したがって、」と改める。

(四) 原判決二九頁六行目から三〇頁二行目までを次のとおり改める。

「 もっとも、カード契約者にいかなる事情があれば本件B約款が効力を失うに至るかについては、事柄の性質上画一的な基準を設けることはできないというべきであるが、帰責事由がなかったことは、カードの盗用等の事情を知り得るカード契約者において主張立証すべきであろう。」

(五) 原判決三〇頁九行目の「前記1及び(2)に判示したとおり、」を削除し、三三頁一二行目と同末行の間に次の記載を加える。

「(5) ところで、被控訴人は、本件B約款は補助参加人銀行に帰責事由があるときは適用できないとの趣旨の主張をしている。しかしながら、本件B約款の趣旨は前示のとおり顧客側にカードの盗用等によって生じる危険を負担させるというものであって、これに十分合理性があることも前示のとおりであるから、被控訴人の右主張は採用できない。」

2  以上の見地から本件を検討する。

前示認定によれば、被控訴人は、不特定の者が出入りするパチンコ店の駐車場に、施錠はしたものの、①他の多数のキャッシュカード等や数通の預金通帳、実印等重要な品々と一緒に、本件カードを入れたセカンドバッグ(通常貴重品類を入れるのに用いられる)を本件自動車の窓ガラス越しに外から見える場所に置いていたのみならず、②本件カードその他のカードの暗証番号も、最も解読されやすい自分の生年月日の数字をそのまま用いているのに、生年月日を容易に確知しうる運転免許証をも同車内のサンバイザーという容易に発見できる場所に置いた状態で、本件自動車を駐車し、約二時間もその場を離れていたというのである。右①のような状態は、往々にして盗難を誘発するに足りるものであり、しかも、右②により暗証解読を容易にして、本件のようなカードの不正利用を惹起しやすい危険な状況を作出したものということができる。

これらのことを考慮すれば、被控訴人に帰責事由がなかったといえないことは明らかである(右説示の本件カードの保管状況は、いわば預金通帳と取引印を一緒にして放置した状態を想起させるもので、この場合に預金通帳等の保管に過失があることは容易に理解されるところである。)。

3  次に、被控訴人が本件B約款により責任を負う限度について検討するに、被控訴人は、補助参加人銀行のカードを盗用した第三者に対する損害賠償請求権の範囲内で右約款の効力が認められると解すべきであると主張する。しかしながら、前示のとおり、右約款の趣旨は、当該払戻しを当該カード契約者に対する正当な貸付けとして取り扱うというものであるから、被控訴人の責任は本件カードローン契約に基づく債務と同じ範囲というべきであって、被控訴人の主張するような責任の限定をする理由を認め難い。

しかして、被控訴人の本件カードローン契約に基づく残高及び控訴人が代位弁済した金額については第二・二の8ないし10のとおりである。そうすると、被控訴人は、控訴人に対して本件代位弁済金二一〇万三六五九円及びこれに対する代位弁済の日である平成九年一月二三日から支払済みまで年三〇パーセントの割合による約定遅延損害金の支払義務があるということになる。

4  控訴人は本件請求が権利濫用になるとも主張するが、叙上認定・判断に照らし、これを認めるのは相当でなく、本件は、まさに本件B約款が妥当する範囲の事態と認めるのが相当である。

5  被控訴人の過失相殺の主張について検討する。

証拠(丙七、証人C)によれば、本件カードについては、いかなる番号でも暗証番号として設定できること、個人のプライバシーの関係上、金融機関は顧客に対し、生年月日以外の番号に変更させるような個別の注意喚起はしていないこと、しかしカードの送付の際にパンフレットを送付して一般的な注意は喚起していること(丙七では、暗証番号は他人に絶対分からないようにして下さい、暗証は印鑑と同じです等の記載がある。)等の事実を認めることができる。

右認定事実に、前示のとおり、本件カードローン契約の趣旨は、簡易迅速な金融の手段を提供することにあること、平成八年当時には、「カード社会」などと言われ、各種のカードの利便性に伴う様々な危険について、一般消費者にも認識が広がっていたこと(公知の事実)、生年月日を暗証番号に用いることは、最もそれを解読されやすいケースであり、一般にも周知されている事柄ともいえるが、あえて右を用いる顧客にこれを禁じることも相当とはいえないこと、などを合わせ考えると、被控訴人は、本件カード及び暗証番号の管理を怠ったことによって生じる危険につき理解していたか、さもなくば、当然理解しうべきであったものであり、また、補助参加人銀行において、プライバシーとの関係から、個別の注意をしないとする取扱いにも十分な合理性があると認められるから、補助参加人銀行が本件カードの暗証番号を生年月日以外の番号に変更するよう求めなかったり、本件カードの使用につき暗証番号のみを照合して取引に応じたとしても、補助参加人銀行に過失があるということはできない。

また、本件のような事態は、被控訴人において本件カードの保管に注意を用いてさえいれば防止できたのであって、このような事態に至るのを防止するようなカードシステムを構築することは現実的ではないから、この面で補助参加人銀行に過失があるということはできない。

さらに、補助参加人銀行は、損害保険に加入して被害を防止する余地があったとは言いうるし、カード利用者にとって望ましいことではあるが、本件におけるようなカード利用者の過失による損害についてまで填補できる措置を講ずることが補助参加人銀行の義務であるとは認め難いから、これをもって補助参加人銀行に過失があったということはできない。

よって、本件においては、過失相殺をする余地は認められないというべきである。

四  結論

以上の次第で、控訴人の本件請求は理由があり、これと結論の異なる原判決は不当である。よって、本件控訴は理由がある。

(裁判長裁判官 川本隆 裁判官 兒嶋雅昭 下野恭裕)

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